ブログ移転のお知らせ
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プレス・センター
アメリカの大統領予備選ともなれば、全米放送をはじめ、オイラのような近隣のローカル局、それに海外からも取材陣が訪れ、候補者の一挙一動や開票結果などが瞬時に世界中へ発信される。
その拠点になるのが、デモイン市の国際展示場に設置された「プレス・センター」。日中は、市内を走り回り、夕方、ここに戻り、原稿を書き上げ、各自の放送局に素材を衛星で伝送する。2階大広間には巨大なスクリーンが設けられ、活字メディアで働く人たちのテーブル並び、後方にはTV局の中継コーナーが階段状に何重にも連なる。まるで巨大宇宙基地のよう。

すぐお隣にはGoogle社提供のラウンジがあり、You Tubeに寄せられた映像を大型スクリーンで常時放映している。You Tubeは、一般市民が撮影した映像をインターネット上で公開する人気サイトであるが、よくよく考えてみると、プレスセンターのド真ん中にYou Tubeコーナーが陣取っていること自体、インターネット・メディアが持つ影響力の大きさを物語っている。
実際、CNNは討論番組でこのYou Tubeと組んだし、3大ネットワークの一つ、ABCはFaceBook(日本で言うMixi)と組んで、リアルタイムの世論調査を行った。日本の民放は、著作権の侵害や広告収入が減るという言い訳を盾に新興のインターネット映像メディアを冷たくあしらっていると聞くけど、場合によってはお互いWin-Winの関係になれるし、かつ利用者にとっても有益なのに、手を拱いているなんて、勿体無いなあ、と感じてしまう。
ところでこのプレス・センターという場所、新聞社やTV局に所属するごく限られた人が出入りする特殊な空間だと思われがちだけど、事前登録さえクリアすれば、表現者として誰もが利用できる。ブログを定期的に発信している個人、ブロッガーだって表現者として扱われるから、極端な話、「氏名:鈴木太郎」 「所属:鈴木太郎・ドット・コム」として出入りするのも可能なわけだ。プレス・センターの名に相応しい、素晴らしいルールだと思う。
素晴らしいと言えば、1日2回運ばれてくる食事。今夜の献立は、骨付きチキンの甘煮(写真・手前)、ローストポーク(中央)。え?これ、お替り自由なんですか?
予算がへぼいオイラにとっては、嗚呼、ありがたや。
ロムニー vs ハカビー
アイオワでの、共和党候補の指名争いは、事実上、ミット・ロムニー氏(前・マサチューセッツ州知事)とマイク・ハカビー(前・アーカンソー州知事)の一騎打ち。 「・・・という訳で、是非投票所に足を運んでいただきたく存じます」
<ちなみに、全国的に支持率の高いジョン・マケイン(アリゾナ州選出連邦上院議員)は、重点を他州に置き、アイオワを捨て駒とみなして本気を出していない>
このロムニーとハカビー両氏を見ていると、同じ共和党に属しながら、選挙運動のやり方も、個人の性格も、まったく異なっていて、興味深い。
ロムニー氏は、2002年のソルトレーク・オリンピックを成功させたビジネスマン。育ちがよく、資金力も豊富で、おまけにハンサム。保守本流を餅で描いたような、政界のプリンスだ。
一方、ハカビー氏は、元牧師。苦学の末、州知事に登りつめた苦労人である。
遊説先での雰囲気もこれまた対照的。ロムニー氏が行く先々は、企業か、実業家の個人宅であり、どこであろうと、お上品な語り口で、お上品な拍手を戴く。
ハカビー氏の出没先は、多目的ホールで、プロ顔負けのエレキ・ギターの腕前を披露し、演説がいつの間にかコンサートに変身、熱狂的な歓声を受ける。
今日、ロムニー氏が現れたのは、郊外にある高級住宅地のとあるお宅だった。いつも通りであれば、ロムニー氏の演説は、たいていこんな感じになる。
*テロとの戦いには断固として取り組まなければならない
*医療制度の発展には、政府が健康保険に介入すべきでない
*教育レベルを国際水準に見合うレベルに高めるべきだ
うーむ、今日の演説も普段とまったく一緒のパターンでございましたね。飽きちゃったよ、いい加減(笑)。
パチ、パチ、パチ・・・(支持者からのお上品な拍手)
「できれば、お一人、2度、3度投票していただければありがたく存じます」
ホホホホ・・・(支持者からのお上品な笑み)
ロムニーさん、普段、冗談があまりうまくないけど、今日はなんとかウケてもらってよかったですね!
オバマ旋風
1月1日: パート3
年明け前から降り続いた雪のおかげで、デモインは一面銀世界の元旦を迎えた。澄み切った青空からまぶしい太陽が降り注ぐも、気温は氷点10度。吹きつける北風は容赦なく頬を刺すのだが、あまりの寒さに顔が麻痺しているのか、痛みすらも感じられない。
今朝の地元朝刊紙「デモイン・レジスター」が最終の世論調査を発表し、民主党の予備選で、バラク・オバマ候補が、ヒラリー・クリントン候補を7ポイント差で引き離し、首位に立ったと報じている。誰もがヒラリー圧勝を信じていた数ヶ月前には考えられなかった、大逆転劇だ。
そのオバマ氏がここ、地元高校の体育館に姿を現わした。
集った支持者の顔ぶれは、クリントン氏のそれ異なり、若年層が圧倒的に多い。会場の入場整理や、受付カウンターで対応しているのも、トレンディーな帽子をかぶり、ぴちっとしたデニムジーンズを着こなした、草の根ボランティアの若者達だ。
人権弁護士を経て、議員歴4年ほどしかないバラク・オバマ氏が、頭角をあわらした理由は、何と言っても、雄弁なスピーチと、誰にでも好かれるなキャラに尽きる。
今日の演説は30分以上にも及んだ。特に教育、医療といった生活の根源に関わる問題について時間を割いていたが、ややもすると説教がましく、言葉遊びだけに終始されがちな高尚な話題でさえも、例えがとても具体的で、易々と人の心を掴んでしまう。
またオバマ陣営のスローガンは “Hope-We Can Change”なのだが、希望を声高らかに叫んでも実績が伴わないと無意味だの、経験が未知数だの、ライバルのクリントン候補から攻撃されいるのを逆手にとって、「私は希望という言葉の押し売りをしていると言われているけど」と聴衆の笑いを誘い、"Hope is not naive, nor ignorant"(「希望とは無邪気なものでもなく無知なものでもない」)と 切り返し、拍手を受けていた。
演説が終わって、軽やかな音楽が流れると、壇上で踊りだしてしまうのも、チャーミングだな(笑)。
何かと「黒人初」という形容詞がつけられるオバマ氏ではあるが、今日ここに集まった観衆のほとんどが白人であるのを見れば、アイオワでは有権者の投票行動に人種が大きな焦点になっていないことがよくわかる。
元・大統領の影
12月31日(大晦日)【掲載順が前後します】
大晦日の夜、ヒラリー・クリントン候補の演説を聞きに、市内中心部にある、オフィス複合ビルに向かった。
開演1時間前だというのに、集まっているのは1000人超。フロアの大部分は、すでに埋め尽くされ、居場所を確保するのにも一苦労。あるご老人は、一瞬の隙に自分の足場を奪われ、「ロープくらい張ればいいのに。もうめちゃくちゃだよ」と悲鳴を上げている。
泣きたいのはメディアも同じ。会場最後部、高台にひしめき合うカメラの数50強。左には日本のTV局が、右にはドイツのクルーが陣取り、背後からは地元アイオワの局のカメラが、自分の背中を突付いてくる。痛てててて・・・。
前座のロックバンド・コンサートが盛り上がった頃、当のヒラリー女史が登場。夫のビル・クリントン元大統領と、娘のチェルシーさんも一緒だ。

彼女のスピーチは、集まった聴衆への感謝の言葉に始まり、自分がなぜ大統領としての資質を有しているかに続く。今日は普段より簡素に切り上げ、10分もしない内に、夫にマイクを譲る。
すると、横に立っていた人が、こう耳打ちしてくれた。
「実はここに来た理由は、ビルを一目見たかったからなんだ」
それだけ、民主党支持者の間では、ビル・クリントン元大統領の人気は高い。口をそろえて「あの時代は良かった」という。実際、演説後、観衆とのふれあいに熱心だったのは、夫君の方で、ヒラリー女史よりも会場に長く留まり、握手に応じていた。
政治生活35年、経験と実績において、ヒラリー女史は他の候補者を寄せ付けない強さを持っている。でも、今夜の集会を見た限り、ビルあってのヒラリーという感がどうしても拭い切れず、元大統領が前面に出ることが、今後彼女にとって、かえってマイナスになるのでないかと、余計な心配をした。
アイオワ・コーカス
1月1日:パート2
「予備選挙」(「党員集会」とも呼ぶ)とは、各党の代表として大統領候補者になる人を選ぶ選挙のこと。年明けから6月にかけて、50すべての州で行われ、夏の全国大会で、州の予備選で得た結果を受けて、正式な大統領候補者が選出される。
その皮切りとなるのがこのアイオワ州。人口200万人ほど、映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の舞台にもなった、とうもろこし畑が延々と広がる田舎だが、開票一番手となるこの州結果は、他州の有権者心理に大きな影響を及ぼすので、国中が注目する選挙となる。各陣営の力の入れようも相当なもので、除雪機まで寄付して投票所に足を運んでもらおうとする候補者もいる。
この予備選、州によって投票方法が異なり、「プライマリー」と「コーカス」に二分される。
アイオワ州の場合、共和党は、通常の選挙と同じで、有権者が候補者一人を選ぶだけ。これが「プライマリー」。
一方、民主党は、各地域ごと、図書館か体育館などに住民が集まり、話し合いで決めて行く。これが「コーカス」だ。
もし、ある候補者の得票数が、全体の15%を切ってしまうと、得票は無効になり、その候補を支持者した人は、残った別の候補者グループに合流することになる。
ある地域で、ビル・リチャードソン候補を支持する人が15%に届かなかった。そこで、他の支持者グループが、彼らを説得する。
クリントン支持者:「うちのグループに入ってよ」
オバマ支持者:「いや、うちのグループだよ」
エドワード支持者:「こっちに来いよ」
リチャードソン支持者:「うーん、どっちにしようかな・・・」
この作業を繰り返して、最終的に最も支持率が高い候補者を選出する。
まるで、生徒会委員を決めるようですな・・・。
同じ予備選挙でも、州によって「プライマリ」を採用する所と、「コーカス」を続ける所がある。アメリカの選挙システムは、何とも複雑だ。
Happy New Year!
皆さん、新年あけましておめでとうございます!
元来筆不精で、ブログの更新をすっかりサボってしまった昨年後半でしたが、今年はできるだけ頻繁に更新して、アメリカの片田舎で暮らす、職場で唯一のガイジン奮闘記をお伝えしたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、2008年の年明けを、僕は北隣アイオワ州の州都、デモインという都市で過ごしています。今年は4年に一度の大統領選挙があり、その前哨戦となる党員集会が、新年早々、このアイオワ州を皮切りにスタートするからです。大晦日、車を走らせること6時間、政治オタク記者・Daveくんと、選挙一色に染まったデモインにやってきました。

明日から、1週間、各候補者の訴えを聞きに、市内各地で行われる集会をハシゴしていきます。
あ、これ予定表すか?・・・・えー朝8時に出発して、帰ってくるの夜中の12時過ぎだって?このスケジュール、ちと過密すぎない?いつ寝させてくれるのでしょうか・・・。
釣り
7月の独立記念日の週末、学生時代からの友人・Jeffが住んでいるフロリダ州タンパ/クリアウォーターに出かけ、海釣り三昧の日々を過ごした。
フロリダ州で有名な観光地といえば、大西洋に面したマイアミか、ディズニーワールド擁するオーランドになるのだが、タンパ/クリアウォーターはその逆サイド、メキシコ湾側に位置する。お手ごろなモーテル(=旅館)が海岸沿いに立ち並び、眼下の波も穏やかなことから、勝手にアメリカ版・内房館山と命名させていただく。
多くの観光客がまだ寝静まっている朝7時、さびれた港で、小さなボートを借り、沖合いへ向かう。途中で釣りの餌となる小魚を釣り、20匹ほど網に収めた後、さらに水平線に向かって進み、船長さんお勧めのスポットで筏を降ろした。
それにしても、朝日を浴びながら、大船原の真ん中で飲むビールがなんとも旨い。隣では、一緒についてきたJeffの11歳になる息子、Brendanが、船酔いで苦しもがいており、海上に吐き出すゲ○に、大魚が現れて食いつきそうな気配である。ヨシッ!
僕は、釣りに関してはド・素人で(金魚掬いなら名人の一歩手前かも)、右も左もわからないが、一つだけ言えるのは、これはまさしく「スポーツ」であることだ。
とくに海釣りの場合は、魚が竿に引っ掛ってからが大勝負であることがわかった。バランスを保ち、しなやかな体の動きで糸を引いたり戻しながら、獲物を取り込む。そして、何匹釣ったかが一日の終わりの成果として現れてしまう。引っ掛って、少しいい気分になっても、目の前で逃げらたら、得点ゼロ。
これってまさに船上・点取りゲームじゃないか。
フィッシングが、スポーツ専門チャネルのESPNや、おいらのローカル局のスポーツコーナーで話題となるワケが、これでやっと解かった気がするよ。
さてさて、本日の試合結果は、Jeffが小サメと鯖を1匹づつ、僕は鯖を1匹で終了。港に戻り、船長さんが一口サイズにさばいてくれる。小サメは、スパイスの効いた小麦粉でフライにすると美味しいらしい。鯖は、やはり刺身かねー、刺身っぽく切ってくれますか、と頼んだ瞬間、大切な物を持参するのを忘れていたことに気づく。
醤油とワサビがない・・・。トホホホホ。
ガックリしましたか?
変な映像を観てしまった。
30代半ばと思われるアジア系の女性(仮名:A子さん)が、大きな画用紙を片手に、道行く人々に声をかけている。おそらく、路上インタビューを試みているのだろう。街並みの風景から察するに、そこは米国・北東部、うん、きっとボストンあたりに違いない。
音声のボリュームをあげると、そのA子さんの口から聞こえるのは日本語だ。そして、画面には映らず、声だけしか聞こえないもう一人の人物が存在する。この若い女性(仮名:B子さん)は、A子さんを追うように、相手に英語で問いかけている。ふーむ、この状況から、A子さんはプロデューサー、B子さんは通訳さんだろう。
これは日本のどこかのテレビ局による、ボストンにおける街角インタビューであるらしい。
しかし、このA子さんB子さんコンビに快く質問に応じているのは2、3人くらいで、ほとんどは、あからさまに不機嫌な表情を見せ、両手を左右に振りながら、カメラから遠ざかってゆく。
A子さんが持つボードには日本語と英語併記でこう書かれてあった。
“Are you disappointed with Dai-S-Ke?”
“松坂投手にガックリしましたか?”
獲得交渉の段階で5億円を手にした鳴り物入りのピッチャーが、最近負け続きということで、地元ボストンのファンが松坂投手の仕事ぶりをどう見ているのか、その反応を日本のお茶の間にお届けしようとしているらしい。
この編集加工されていない、日本のTV局による生のVTRを、昨夜、自分の局の衛星中継車の中で目撃してしまった。
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以前にも述べたが、自局から48キロ以上離れた場所から中継をする場合、もしくは撮影したVTRを送信する場合、衛星を使う。空に浮かぶ衛星は、高価なものであり、アメリカのTV局の数だけあるものではないから、競合他社と共有することになる。なので、自分達の利用時間が訪れるまで待機している間、他社が送信している画像や、生中継の様子を垣間見る事ができてしまう。
そんな訳で、冒頭のA子さんB子さんコンビの映像は、日本のどこかのTV局がアメリカから東京に向けて送信しているものだと察しがついたし、カメラが収めたすべてのテープをそのまま流していることから、きっと受け取った所で編集するんだろーなー、と予想できる。
さて、このボストン発日本向けレポート、どうしても腑に落ちない点が、文化面、倫理面でそれぞれ1つづつあった。
まず、“Are you disappointed with Dai-S-Ke?”という質問。これは熱狂度では全米一位、二位を争うレッドソックスファンには、ちと過酷な問いかけだ。
シーズンが始まったばかり、それも、たがが3敗4敗程度である。そんなこと位で自分の贔屓選手の揚げ足を取ろう、それも公共の場で「あいつには失望したよ」と口に出すアメリカのファンなんぞ皆無なんじゃないかと思う。質問に戸惑って、逃げていく人が多いのも当たり前である。
次に、このボードには、YESとNOの項目があって、ガッカリしたのなら、YESの欄に青いシールを、ガッカリしていないのならNOの欄に赤いシールを張ってもらうようになっている。ところが新しい人が登場するたびに、そのシールの数が不自然に増えているのである。7人目のインタビュー時に、すでにYESに10個、NOに30個ほどのシールが張られているのだ。
カメラが回っていない時点で、だれかがシールを恣意的に加えているのだろうか?それに、YES対NOが微妙に1:3の割合になっているのも何かキナ臭い。
要するに、
「地元のファンに聞きました。反応は、ガッカリしたファンもいましたが、それ以上に、やはりこれからだ、という期待の声が多かったようです」
なんていう、筋書きがあらかじめできているようにしか思えない。
“松坂投手にガックリしましたか?”コーナーが実際どのように編集され放映されたのか、とても気になる。
卒業式
5月になると、全米で卒業式シーズンを迎える。市内に複数の高校、大学を擁するオラが局は、毎年彼らの卒業式に出かけ、希望に満ち溢れた学生さんの声を拾いに行き、その夜のニュースで祝福する。
新しい門出に立ち会ってみると、つい最近まで自分も同じ立場にいたことを思い出し、社会人になって知らず知らずのうちに身に付けてしまった汚れを払い落としてもらえる気分になり、ちょっとした清涼感を味わえる。
それに、特に大学の卒業式のスピーチになると、母校出身の著名人が来校し式辞を述べることが習慣になっていて、その一語一句に心を打たれることが多い。
今年、市内のリベラルアーツ私立大学の卒業式で、式辞を述べたのは、ボブ・バーカー(Bob Barker)という人だった。Barker氏は「The Price is Right」という、アメリカの人気長寿番組(提示された品物の値段を当てるクイズショーで、日本でかつて放送されていた『ズバリ!当てましょう』に相当する)のホストを35年間務めている、名司会者でもある。
そのバーカー氏が式辞の締めくくりに、こんなことを言っていた。
….. I would like to suggest to you is that you assume personal responsibility for your lives. You are going to make mistakes, you are going to have failures, but don’t blame your family, don’t blame the boss, don’t blame the people you work with. Assume personal responsibility for your lives….
「これからの人生で、失敗することも、しくじることもある。でも、それを家族や上司、周りにいる人たちのせいにしてはいけない。自分の人生は(誰のものではない)、自分自身の責任にかかっているのだから。」
These are … things that I have observed in people I have known who were successful and happy. And happiness is what it’s all about – isn’t it? Happiness? We all walk different paths perhaps in the search for happiness. But that is what we are looking for – isn’t it?
「私の周りで、成功を収め幸せでいる人たちは、以上述べたこと実践しているのです。…これから我々一人一人が、それぞれ異なった道を歩んでいく。その目的は幸せを探しに行く、そうでしょう?」
ふと我が身を振り返る。
自分は、幸せだろうか。そうでないとしたら、よりハッピーになるために、一日一日を精一杯生きているだろうか。ああ、最近はそうとも言い切れないかもしれないぜ・・・(自省)
誰だって、本当は自分は「こうありたい」「こうしたい」という願望がある。それはキャリアのことかもしれなし、経済面のことかもしれないし、住環境に起因しているかもしれない。自分の弱点だって克服したい。
でも、これ以上の幸せはないと言い切れるラッキーな人は、ごく少数であって、自分も含めて、日々の暮らしの中で、少なからずの心の葛藤を感じる人が大多数だと思う。ああ、なんで俺ってこうなんだろう、とか、何で私に限ってこんなことが起こるのだろうかと。
「こうありたい」「こうしたい」のだけど、その願いが満たされず、もしくはその気持ちが相手に届かず、現実に起こっていることを致し方なく受け入れざるを得ない時、人は自分を不幸に感じる。
だから、幸せというのは、等身大の自分が気に入っている状態のことをだと思う。だから、現状に満足してなければ、自ら幸せを探しに行くことになる。
つまるところ、「幸せを探す」というのは、今ここにいる自分の現実と自分が描く理想像の溝を埋め合わせていくたの日々の地道な作業とも言えるのでないか。これは卒業したての新社会人に課せられたものだけではない。年代を超えた普遍的なものではないのか。日常の行いや努力の結果、時には運が味方して、自分が目指していたものに一歩近づいたと実感できた瞬間、人は成長するものだと思う。
当 然、描く理想像は人によって異なるものだし、いろいろな出会いの中で変化することだってある。だから、幸せの定義は人によって違うのは当たり前だ。ましてや、他人に強制する/されるものでもない。隣の芝は青く見えるかもしれないけれど、本当に青いかは、所有主だけしかわからない。
いずれにせよ、この作業をなしでは、人は幸せになれないし、この作業を無視する人は、一生悩み続ける。理想が100%現実になることはなくても、そのギャップが取り返しのないほどかけ離れてしまったら、それはそれはとても不幸なことだと思う。
さあ、今日も一日がんばっていこう!
追伸:
数あるアメリカの卒業式スピーチの中で、最も気に入っているのが、アップルコンピュータ社の創設者、Steve Jobs氏が2005年スタンフォード大学で行った式辞だ。締めくくりの一説、”Stay Hungry. Stay Foolish” は、誰もが心の底に抱いているチャレンジ精神を鼓舞させる痛烈なメッセージで、とても心に響く。
原文全文:
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html






